[寓話/お伽噺]自分のためだけにお金を遣いなさい・破
(2012/08/13 06:02:55)


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歩きながら尻のポケットから定期券を取り出し、自動改札機の読み取りにかざした。改札を抜けると目の前に階段がある。Sはいつも通り4番線ホームへと向かった。

ホームへ向かう階段は乗車用と降車用に分かれている。そして、どういう訳か降車用が優先された作りになっていたりする。乗車用は右端に、それこそ人ひとりが通れるくらいのスペースしか設けられていない。金属パイプの手摺で区切られ、1対9くらいの割合で降車用が優先されているのだ。

朝の通勤ラッシュと夕方の帰宅ラッシュ、時間帯に応じて乗車用と降車用を入れ替えても良さそうなものだが、ルールというものは大抵が杓子定規だ。

Sは右端の乗車用をのぼった。いつもそうしているからなのだが、確たる理由があってそうしている訳でもない。刷り込まれた自然は行為に溶ける。

階段の踊り場で金属パイプの手摺も途切れる。Sがそこに差し掛かったとき、突然、降車用のスペースから男が割り込んで来た。下から駆け上がって来たのだろうが、咄嗟に身をかわし衝突を免れた。危ねえな、この野郎… Sの眉間には皺が刻まれたが、彼は詫びるどころか、振り向きもせずそのまま行ってしまった。

『感じ悪いなぁ…』

いつもだったら呼び止めて説教のひとつでも垂れているところだろうが、今日のSはいつもと違っていた。

『あの野郎、俺が百万抱いてんの知ってやがるのか…?』

そう。彼の懐には謎の老紳士Mから貰った百万円があったのだ。

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