[エッセイ/随想]禁則を掲げるネガティブ思考考
(2013/03/03 12:28:56)


Web業界からモバイル業界へ転身して約半年余り。
技術の変遷、選択にはさほど躊躇なく滑り込めるが、その業界体質、雰囲気に些かの違和感を覚える瞬間がある。

『禁則を掲げるネガティブ思考考』──である。


従業員モチベーションアップのためのポスターが至る所に掲示されているのだが、その中でふと目が留まり、しばし沈思黙考したものがある。

ネガティブ発言禁止

一見、通常と思える禁則だ。「禁煙」や「立ち入り禁止」と何ら変わらない。
ここで既に論理破綻しているように感じるのは僕だけだろうか。

『この訓示こそがネガティブやんけ』──と。

例えば、この禁則の真意を浸透させたいのならば、

ポジティブ発言推奨

と、すべきではなかろうか?

この期に及んでは説明不要だと思われるが…

「禁止」と云うのは、そのこと自体が既にネガティブであり、この禁則を掲げること自体が陰の要素、負の要素なのだ。

故に、この禁則自体の説得力を失う。

ネガティブと云うのはポジティブの対義であり、陰と陽、正と負の関係と同義である。
よって、この禁則は論理破綻している、と云える。


子供の躾ハウツーで下記のような問題がある。

問題)
お盆を使ってテーブルまで運び、お客様にお茶を出さねばならない。
さて、どのように子供に云うべきか?

こんな問いに対する大抵の回答が「こぼさないように運ぶのよ」や「こぼしちゃダメよ」と、禁則で伝える方法を展開するそうだ。

なるほど、よく耳にするし、そんな発想しか浮かばないのも頷けるような気がする。

この場合の正解と云うものはないのだが、「うまく運んでね」と云うのがうまい言い回し(良い躾)のようだ。

何故、前者の禁則ではうまくないのか?

それは「こぼす」と云うキーワードに釣られ、まずそれをイメージさせてしまう。
そして「そう在るべきではない」と云う緊張から、結果、そうなってしまう。
本来はその逆が狙いなのだが、負の場面を展開してしまう、と云うのだ。

「違うの、違うの。。」と云う訳だ。

なかなかに説得力がある。
人と云うのは負の要素に対する抗体が十分に備わっていない。
故に、マイナスに引っ張られるケースが侭あるのだ。


これは前段の禁則と推奨の関係とよく似ている。

やはり、「ネガティブ発言禁止」を浸透させたいのならば、「ポジティブ発言推奨」と掲げるべきなのだ。



よし、沈思黙考を打ち破り、早速、明日にでもこの批判を進言してみよう。
真意を浸透させんがためには正しいポスターを掲げるべきだ。

ん? ちょと待てよ。批判…?
ムゥ。。


人はネガティブ思考を得手とする悲哀な道化である。

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