[寓話/お伽噺]再会
(2008/04/17 23:32:40)


消灯された部屋で彼は静かにソファに坐っていた。

しばらく悠々と煙草を燻らしていると、カチリと鍵の開く音がドアから聞こえてきた。

部屋の灯りを点け、彼の存在に気付くと、彼女は持っていた荷物を床に落とした。

瞳には明らかに動揺の色が見て取れる。彼は微動だにせず坐っている。


「誰……?」

恐る恐る彼女が訊くと、彼は微笑を浮かべた。

「誰? 随分なご挨拶だな」

そう云って、煙草の灰を灰皿で揉み消した。

「どうしてここに……?」
「取り戻しにきた」

「え?」
「自分の持ち物を」

「何もかも。全部、送ったはずだわ……」
「や、全部じゃない」

そう云いながら、彼はゆっくりと彼女に近づいた。後退りする彼女。

「怖がらないで。僕が優しいのはよく知っているだろ?」
「ええ、それは… でも……」

「でも──何だい?」
「……」

緊迫した空気が張り詰める。

「すべて手に入れた」
「すべて?」

「ああ。君以外、すべて」
「──」

「旅の途中で、すべて掻き集めた」
「──」

「君に相応しい男になるために」
「──」

「他にいい人でも出来たのかい?」
「いえ、でも……」

「でも──何だい?」
「……」

彼は彼女の頬にそっと触れた。一瞬、びくっとしたが、やがて、彼女はその手を取った。

「あなたのことは好きよ。でも……」
「でも──何だい?」

「好き過ぎて…壊れそうになってしまうの……」

彼が眉を八の字にする。

「分かるでしょ? わたしの気持ち……」
「ああ。痛いほど伝わるよ」

「だから、お願い。もう赦して……」
「大丈夫」

「え? 何が大丈夫なの?」

彼は微笑を浮かべた。

「壊れたら直してあげるよ、僕が」
「あなたが……?」

「ああ。厭かい?」

彼女は彼の手を強く握り締め、首を横に振る。

「僕はすべて手に入れたが、何も埋まらない」
「──」

「君じゃないと駄目なんだ」
「ああ……」

彼女の躰が崩れた。素早く腰を降ろし、抱き寄せる彼。

「どうした? 具合でも悪いのか?」
「いえ、云ったでしょう? 壊れそうになるって……」

彼は彼女の鼻の頭を指先でちょこんと触れた。

「大丈夫。僕が居るから」
「ああ、あなた……」

彼女はそう云うと、彼に全身を預けた。彼の眼から何故か涙が溢れていたが、口許には笑みが零れていた。


「待たせたな。途中で道草喰ってた」
「非道いわ……」

「埋め合わせはするよ、君が埋めてくれるなら」
「わたしでいいの?」

「君じゃなきゃ駄目だ」
「──」


彼女の眼からも涙が溢れていたが、口許には笑みが零れていた。

ふたりは絡めた視線を片時も外さない。

空白の時間を埋め合うように、お互いを確かめ合うように、ふたりは固く、慈しむように抱擁した。

緊迫した空気は緩やかに溶け、漣のような空間に様変わりした。

 恋い焦がれた心地好い再会──。

前世の記憶で編み上げた魂の鎖は決して解けない。

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