[会話/戯曲]ウザイ奴をスマートに黙らせる方法
(2009/03/20 17:48:11)


「お前にいい情報を教えてやろう」
「何だよ、いきなり。のっけからウザイ奴だな…」

「そう。まぁ、そう云ったときのための情報だ」
「胡散臭えな… 一体、なんだってんだ?」

「ウザイ奴を黙らせる方法さ」
「黙らせる? 何だよ、消しちまうのか?」

「そんな物騒な方法じゃない」
「じゃあ、どんな?」

「もっとスマートな方法さ」
「ほう。聞くだけ聞いてやるよ」


「まず、状況設定として、対人関係における会話のやり取りで…」
「その持って回った云い回しが既にウザイな…」

「まぁ、そう云わずに聞けよ」
「ああ、分かったよ。で?」

「まぁ、平たく、口論なんかの状況だな。イメージしてくれ」
「イメージも何も、今もちょっとヤバかったしな?」

「例えば、意見の食い違い」
「ああ」

「押したり引いたり、一向話が進展しない膠着状態」
「ああ。そんなは割りとあるし、確かにウザイな…」

「理解力がある奴ばかりじゃない。こちらが懇切丁寧に説明したところで…」
「話がうまくまとまるとは限らない」

「だろ? そんなとき、相手のことウザイと思わないか?」
「確かにな。『何故、こちらが理解していることを?』てな具合に…」

「そう。相手を疎ましく、もっと云うと呪わしく感じたりするだろ?」
「そうだな。アホか、と。頼むから死んでくれ、と」

「そう願うのは自由だが、余りスマートじゃない」
「まぁな」

「可笑しなことだが、そんな場合でも、ふたりを包むのは沈黙だ」
「しかも気まずい雰囲気も伴う…」

「ただ、それじゃスマートに黙らせたことにはならないだろ?」
「そうだな。何も解決している訳じゃない」

「そう。例えば、どんなに気まずい内容や雰囲気であっても双方で合意が取れるような状況が作れればスマートだ」
「ああ、そうだな。実にスマートだ」

「お前もそう思うか?」
「まぁな」

「そんなときのための必殺の方法があるんだよ」
「だから、それを訊いてるんだろ? 早く教えろよ」

「急かすなよ。今、説明の途中じゃないか」
「話が長えんだよ… それほど閑人に見えるか?」

「ああ。俺とくっちゃべってるくらいだからな」
「何──!?」

「相当な閑人としか思えない」
「手前。俺にケンカ売ってんのか?」

「や、いい方法を教えてやろうとしてるだけさ」
「だから、早く教えろっての!」

「まぁま、がっついてるねぃ〜 みっともない」
「この野郎! いい加減に…」

そう吼えると、いきなり男が椅子から立ち上がった。そのとき、男は懐から一枚の紙幣をサッと取り出すと、テーブルの上に静かに置いた。途端、男の動きが止まる。

「なんだ? それは」
「知らないのか? 1万円札だよ」

「そんなことは知ってる。どう云うつもりだって訊いてるんだ」
「どうもこうもない。これがウザイ奴をスマートに黙らせる方法さ」

男は怪訝そうな表情を浮かべたまま渋々椅子に坐り直した。しばらくしてから、洩れ出すように呟いた。

「確かに黙るな…」
「だろ?」

「こんな簡単なことなのか?」
「ああ。大体、簡単なことで構成されてる」

男は煙草に火を点け、ほうと煙を吐き出した。向かって坐っている男の表情は依然として訝しげだ。

「ただ、こんなことくらいでなぁ…」

そう呟きながらテーブルの上に置いてある1万円札に手を伸ばした。そのとき、咥え煙草のまま男の眼光が光る。

「おい。その1万円をどうするつもりだ?」

慌てた男の手が止まる。

「だって、そう云うことじゃねえのか…?」
「そう云うこと、とは?」

「だから、相手を黙らせるために1万円を…」
「やるとは誰も云ってないぜ?」

男は灰皿に煙草の灰をトントンと落とした。云われた男の視線が泳ぐ。

「どこまで優雅に育って来たんだ?」
「や、それは…」

「何もしねえのに1万円手に入る訳ねえだろ?」
「それは…」

「ったく。浅ましい教育しか受けてねえんだな」
「……」

しばらく沈黙が続く。思い出したように男が口火を切る。

「な? 黙らせるってのはな、優位性の話なんだよ」
「優位性?」

「そうだ。双方合意ってのも実は優位性で左右される」
「そんなものか?」

「ああ。実際、今のお前がそうだったろ?」
「確かに。とてつもない劣等感を覚えた…」

「ふふ。損得勘定てのは資本主義の刷り込みなのさ」
「──」

「人間性はそこにはない。ただ、それだけの話さ」
「おっかねえ奴だな、お前って」

「そうか?」
「ああ。何でもお見通しって感じだ」

男は夢見るように微笑した。

「子供の方法と何ら変わらん」
「子供の方法?」

「ああ。お前はやらなかったか?」
「何を?」

「『百万円賭けるか?』ってやつさ」
「ああ、やったな。『書けるもーん』とかもやったな」

「そうだろ? そんなと同じことさ」
「そう云うもんかねぇ…」

「子供の百万円と大人の1万円は同等なのさ」
「何だか、面白い捉え方だな?」

「それにな。1万円て金額設定にも秘密があるんだよ。種明かししてやるよ」
「ああ。聞かせてくれ」

「たかが口論ごときで1万円てのも何だかなぁ、てのがポイント」
「ああ」

「大人げないだろ? 普通に」
「ああ。ゼニの話じゃないしな」

「まずはそこを突くんだが、かと云ってまんざら悪い数字でもない」
「ああ。確かに」

「これが2万、3万…十万ともなると…?」
「ま。ちょっと構えるわな…」

「だろ? 大袈裟過ぎる」
「ああ。裁判でも起こしそうな勢いだ。しかも黒過ぎる…」

「ま。俺はやるときはやるけどな?」
「裁判をか? おいおい。俺には勘弁してくれよ…」

「そりゃお前の出方次第さ。やらないときはテコでもやらない」
「やっぱりおっかねえ奴だ…」

「まぁ、1万円てのは──出ず引っ込まず──妥当な数字なんだよ」
「かも知れねえな…」

「主張すべきことを主張する──ゼニに限らず、それが秘訣なのさ」
「だな。俺もヤバくなったら、その方法使ってみるよ」

「ああ。効果覿面(てきめん)だよ、きっとな」
「効果の程は味わったばかりさ」

そう云って爽やかな笑顔を覗かせる。男が短くなった煙草を灰皿で揉み消した。

「ところで、お前は今、1万円札持ってるのか?」
「どうして、そんなことを?」

「や、ここのお代は誰が?」
「まぁ、それはその、なんだ…」

バツの悪そうな表情で男が口籠る。グラスの中の氷をカラカラやりながら男が苦笑を浮かべた。

「お前が一番スマートだ。泣く子も黙る」

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