[寓話/お伽噺]天使と妖精と銀狼
(2009/05/05 14:36:32)


「やぁ、そこの君。ちょっとこっちへおいでよ。『天使と妖精と銀狼』のお話を聞かせてあげよう」


天使と妖精の背中には翅があるんだ。
だから、自由に空を飛び廻れる。

でも、銀狼の背中には翅がない。
だから、切り立った崖で吼えるんだ。


銀狼の餌って何だか知ってるかい? 銀狼はね。お腹が空くと天使や妖精を食べてしまうんだ。

だから、天使や妖精は銀狼が来る前に逃げるのさ。銀狼が飛べないことを知ってるからね。空の上でケラケラ笑って銀狼を眺めているんだよ。

天使と妖精って、ずるいけど賢いだろ? だって、そりゃそうだよね。食べられたらおしまいだから、いつも注意してるのさ。


でもね。中には翅を仕舞って降りてくる天使や妖精がいるんだよ。不思議だろ? お腹を空かせている銀狼が可哀想に見えるんだろうね。

弱っているときの銀狼ってのは優しいんだよ。と云うより、元気がないだけかも知れないね。

お腹が空き過ぎて、自分が銀狼だってことも忘れてしまうくらいさ。天使と妖精が眼の前にいるのに気付かないんだもの。

それにね。天使と妖精のお話なんかも黙って聞いてたりするんだ。うんうん。それはそうだね、とか。や、それはこうなんじゃないの、とか… そのうち、一緒になって遊んだりもするのさ。笑っちゃうだろ?

いつの間にかお友達の仲良しさんになってしまうのさ。ときにはお父さん気取り。ときにはお兄さんかな? さっさと食べてしまえばいいのにね。


天使や妖精は、ひとしきり自分の話が終わると、もう銀狼と遊ぶのに飽きてしまって、オウチに帰りたくなるんだ。

バイバイを云って翅を拡げるんだ。そのときになって銀狼はやっと気付くのさ。ああ、この子らは天使と妖精だったんだ、って。


天使と妖精の背中には翅があるんだ。
だから、自由に空を飛び廻れる。

でも、銀狼の背中には翅がない。
だから、切り立った崖で吼えるんだ。


「このお話どう思う? 天使と妖精はずるい? 銀狼は可哀想?」
「銀狼に教えてあげたい」
「そう。何を?」
「天使と妖精を餌にするのをやめたら、って」
「あはは。そうか。君は賢いね」
「それにあたし、天使や妖精なんて見たことないし…」
「ああ、それは仕方ないよ。滅多に現れたりしないからね」
「そうなの?」
「ああ。運のいい銀狼しか見られないんだよ」
「ふ〜ん。じゃ、ますますお腹が減ってしまうわね」
「うん、そうだね。それに銀狼ってのは数が少ないからね」
「そうなの?」
「ああ、そうさ。天使と妖精のほうも滅多に出会したりしないから余り気にならないんだろうね」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「天使と妖精は自由奔放だからね」
「そっかぁ。って、そんなことより、どうしてこんなお話をあたしに?」
「ああ、それは君が妖精だからさ。や、天使かも知れないね」
「え!? あたしが!?」
「そうだよ。背中の翅に気付かない?」
「そんなもの… あ!?」

少女は自分の背中を後ろ手にまさぐると翅らしきものがあることを認めた。

「ね? 君が天使や妖精を見なくても不思議じゃない」
「あたしったら…」
「自分のことがよく分からないのは恥ずかしいことでも何でもないんだよ」
「今まで全然…」
「あはは。可愛いね」
「そう云うあなたは何者なの?」
「知りたい?」
「ええ」





「銀狼だよ」
「──!?」





「そう… 今、あなたはお腹減ってる?」
「ああ。少しばかりね」

「そう… じゃ、あなたに教えてあげればいいのね?」
「何を?」

「天使や妖精を餌にするのやめたら、って…」
「多分、云っても利いてくれない」

「どうして……?」
「うまいのさ、格別に」

「そう… じゃ、あたしはそろそろ…」
「逃げるのかい?」

「帰ってやりたいこともあるし…」
「それは残念」

「帰してくれるの…?」
「帰りたければご自由に」

「そう… じゃ、あたしは帰るわね…」
「空を飛んで?」

「ええ… あなたに捕まったら…」
「ふふ。これは何だと思う?」

「──!? それは翅? あたしの…?」
「ああ。飛べないように片方もいでおいた」

「そんな、なんてことを……」
「やぁ、さっきの話だって君に聞かせてあげたろ?」

「ええ… 聞いたわ……」
「教えないでいきなりってのは、ねぇ?」
「……」
「色っぽくない。それに滅多にお目にかかれないご馳走だ」
「……」
「教えたところで結局は、ねぇ?」
「──お願い! やめて!!」

「同じ科白を二度ほど聞いたことがある」
「そのときは──?」

「やめてあげたよ」
「じゃ、今回も……?」

「銀狼は思い知ったのさ」
「何を……?」





「あのとき、喰い殺しておけば良かった、と──!」





空気が硬直した。次の瞬間、銀狼の牙が喉仏を抉り、鮮血がほとばしった。肉を食む音と、骨を砕く音が辺りを包む。

ひとしきり貪ると、柘榴色をした舌で舌舐めずりをした。

「何だこれは? 俺の知ってる天使や妖精の味じゃないな…」

残骸の匂いを嗅いでみた。

「嗅覚が衰えたかな? ま、そのうち当たるだろう」

そう呟くと虚空を見遣った。

「ああ、ひとつ教えてあげるのを忘れていたよ。銀狼が吼える本当の理由──」

残骸を一瞥。

「それは『ありがとう』と『ごめんなさい』なのさ」


銀狼の悲愴な咆哮が谺した。

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