[エッセイ/随想]他力本願と他責傾向
(2025/08/01 09:05:34)


「他力本願」と「他責傾向」は親戚関係である。
星に願いを。。☆



英語圏では I was born. といい、日本語では「私は生まれた」という。
英語圏のほうは言わずもがな受動態である。私が誕生したのは神のご加護である、と。
一方、日本語のほうは、(自らの意思によって)生まれた、と。父母の交わり契機は度外視され、誕生したのは能動的である、ということだ。

が、例えば、丁寧語の類いとなると、途端に受動態表現を用いるというおかしな言語体系だ。「おっしゃられた(のはあなたであってアタシは何も言ってないわよ)」「ご紹介に預かりました(から自己紹介しているのであって自らのことをひけらかすつもりは毛頭ございません)」とか。兎にも角にも、「他責傾向」。

最上位が「宜しくお願いいたします」という「命令文」だ。
意訳すると、

おう、おかしな真似すんなよ? こっちは『宜しく』ゆーとんのやで?『宜しく』ゆーたら『適宜であれ』ゆーこっちゃ。まかり間違ってもそこらでイチャコラやってろや、の『宜しく』とちゃうんやで? そこら分かっとんのかこのクソボンクラ。
で、『お願いいたします』ゆーとるんやし、オンドレの都合なんぞ関係なく必死のパッチで遮二無二気張らなアカンのやで? 手ぇ抜いとったらしばき倒すどアホンダラボケカス

ということだ。

こんなことを聞かされたら途端に、宜しくお願いされたくなくなってくるのは、、

 「他力本願」と「他責傾向」は親戚関係である。
 星に願いを。。☆

そんな感じで♪

*2022年8月1日 Facebook 投稿より転載

Tags: 他力本願, 他責傾向


TOPへ戻る

(C) Art Studio Vincent. All Rights Reserved.
Powered by MT4i 3.1