[エッセイ/随想]判断の基準
(2004/05/27 04:13:54)


あれやこれやと尤もらしい理由をつけて一方を選択しているような錯覚を起こすが、判断の基準とは実に曖昧で非論理的だ。

気分が良いか、悪いか?

このクエスチョンに集約される。刹那の感情で猫の目のように変わるものだ。にも関わらず人それぞれに違って見えるのは、自分が抱いた感情を表面に出すか、出さないかだけだろう。


議論をしているとき、感情論では建設的でないなどと考えられがちだが、大抵の議論には感情論が盛り込まれる。

「お前に言われたかぁねーよ…」
「じゃあ、自分でやれよ」
「お前の言うことも分かるけどさぁ」

等々…

どれもこれも、ベターな答えから遠ざかる一方だ。ベターな答えといっても一時凌ぎ的なものだが…

感情論が混ざると、議論の対象がぼやけることは理解しているつもりだ。だから、建設的でないという意見も頷ける。なる程正論だ。

だが、正論で人は動かない。動いたとしてもそれには義務感が生じ、自らが納得した上での自発的な動きではない。いわば、拘束下にある状態での無理矢理な動き。不自然極まりない。しかも、その状態を続けていなくてはならないともなれば… 最早、拷問だ。

「気付かない人が多いんですよね」

ビールの中ジョッキを片手に昔からの相方が応える。俺はセブンスターをくゆらせながら頷いた。

「正論ゆーのは余りにも完璧過ぎて付け入る隙がないんだよな。動きようがない。『おっしゃる通りで』みたいな…」

相方が笑いながら頷く。

「で、『そこまでおっしゃるならご自分でどーぞ』みたいな、なぁ? ここで感情が顔を出すんだよ。『コイツ生意気やんけ』」
「そーゆーのはありますね〜」
「正論ゆーても、『後光が差す』じゃねーけど、その人の外見なり何なりで判断するだろ? 乞食の説法は誰も耳貸さねーし、ゆーても感情。『気分が良いか、悪いか?』だけ。人によっては、そりゃグレたくもなるわなぁ」

ふたりとも中生を飲み干し、お代わりを頼む。自分のペースで飲む酒はとてもうまい。

あーでもないこーでもないと歓談に耽っていると、携帯メールが鳴った。

『何時にくるぅ?』

今働いている店を辞めて、新しい店に鞍替えする女の子からのメールだ。自分が水商売をしていた頃からの付き合いで…といっても男女の付き合いという意味ではない…かれこれ半年以上になる。

俺から見ればカワイイ妹分といったところだろうか。自分の客に連れられて何度か店にも足を運んだし、相方以外にも弟分を連れてプライベートで出向いたこともある。カワイイ妹分というか… マジでカワイイ♪

今日、相方を誘ったのは、ひとりで店に行って重く感じられるのもアレだし、妹分の頼みを断れなかったからだ。
「しょ〜がね〜なぁ〜」(苦笑)

「じゃ、そろそろ行くか?」
「行きましょう」

レジへ向かい会計を済ますと、居酒屋を後にした。

「いらっしゃいませ!」

エレベーターを出るとボーイがふたりを店内に招き入れた。

「本日のご指名は?」

ボーイが尋ねるや否や、黒いロングドレスを纏った妹分がニッコリ笑って立っていた。
待ち構えていたようだ。

「いらっしゃ〜い♪ 遅かったじゃ〜ん」

苦笑を浮かべながら、テーブル席に着いた。ボトルは予め用意されていた。さっきキープボトルの名前聞いてきたもんなぁ、そう思いながらおしぼりで手を拭いた。

「カンパーイ♪」

一緒の席に着いたヘルプの女の子にも酒を頼み、みんなで乾杯した。酒席で水をすすられるのは自分の性に合わない。

「男なんて信用できなーい」
「そうかぁ?」
「欲しい時計あるんだけど〜」
「買えば?」
「何かいいバイトない? 10日で20万くらい稼げるようなー」
「俺も知りたいよ」

などと、なぜか大はしゃぎの妹分。酒を飲むのも久々らしい。

「○○ちゃんも飲みなよー 全然減ってないー」

ヘルプの女の子にも絡む始末だ。相方も女の子もやや引き気味だったが、自分的には妹分がはしゃく姿はカワイイから全然許せる。俺まで調子に乗ってグイグイ飲んだ。気分が良ければ細かいことは気にしないでいられる。

店内が忙しくなりはじめると、妹分が引っ張りだこになっていた。なかなか人気あんじゃん、などと思いながら頃合いを見てチェックを入れた。

しばらくしてボーイがレシートを持ってきた。レシートを覗き込んで、俺と相方は顔を見合わした。やられた、マジかよ…

ふたりで会計を済ませ、エレベーターへと向かった。妹分が飛んできてエレベータに乗るふたりに「ありがとうございましたー」をいっていたが、顔も見ないでエレベーターのドアを閉めた。

「ごめんなぁ。もう、あの店は行かねーよ…」
「や、良い経験になりましたよ」

ビルの前で相方に詫びた。そして、気分が悪かったので「ふざけんな」メールを彼女に送信した。何がそうさせたのかは分からなかったが、なぜかムシャクシャしていた。

「あの子も店辞めちゃう訳だし、ま、良い経験ちゃ良い経験だわな」
「俺もvinさんと一緒じゃなきゃ、なかなか味わえないことですからね」
「ま、軽く飲み直そうや」

近くのバーで飲み直すことにした。

バーボンロックを飲んでいると、しばらくして彼女からメールが来た。
グラスを置き、内容を表示した。

『ごめんね…』

眉を八の字にひそめ苦笑を浮かべた。

世の中に正しい判断なんて何処にもないのかも知れない。

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