俺が昔バーテンダーだった頃──といっても駆け出しで未熟だった頃、敵情視察・修行の名目で、ふらりとひとりでバーへ出向いた。
ひとりで店にいると特別な用事がない限り、俺の存在は誰にも干渉されなかった。
磨かれたボトルが並んでいる酒棚の前で、バーテンダーが粛々と、寡黙に仕事をこなしているだけだ。
バーボン党の俺はバーボンが置かれている一角を見つけると、
ああ、あれはあの店で飲んだな。
おや、あの酒は飲んだことないな。
あの酒はあの人がウマイと教えてくれたな。
あの酒はあの人が好きだゆーてたな。
などと、あれやこれやと心の中で独り言を呟いていた。
薄ぼんやりとした照明。
それに反射する琥珀色の液体。
グラスの中でメルトダウンする氷。
控えめに流れるBGMに合わせて揺れる。煙草の煙をぼんやりと眺めながら、バーボンロックをひとりで静かに呷る。
そんな時間がとても好きだった。
今思えば、かなり擦れたガキだ。
事を成そうと希望と野望に満ち溢れていた。根拠のない自信を胸に抱き、若さという無謀な武器を携え、世の中を斜めに見ていたような気がする。
俺だけは違うんだ、と言い聞かせていた。
だが、余計な知恵を付けてしまった今となっては、あの頃の純粋さは形を変えてしまったのだろうか?
世知辛さや汚さ、自分の力ではどうにもできないこと、諦め、妥協、折衷案、あれやこれや…
自分じゃない部分でそれを行う自分を自己嫌悪する自分と、しょーがねーじゃねーかよ、と宥めすかしている自分が腹の中で同居している。
幾千ものカクテルのレシピを、
通勤途中の電車の中で覚えていた、
がむしゃらで一生懸命だった
あの頃の自分に戻れるのならば──
好きな人と好きな酒を
心ゆくまで一緒に飲みたい。
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