日常をすり抜けた装いをバッグに詰め、眠りかけた街並のアスファルトに靴音を響かせる。踏切で足止めを食い、しばらく耳障りな警笛を聞いたあと、思い出したように附近にある居酒屋の軒をくぐった。
2合徳利の熱燗をすする社の代表がカウンターにいた。苦笑を浮かべながら隣の席に着くと、牽引する側の嘆きと憤りが流れてきた。
憂いの交響曲の滑りが悪くなると、演奏を終えた奏者はふらりと席を立った。微笑をたたえながら目配せで見送った。
頭の中に輪郭の曖昧な何かを浮かべてから店を出た。
肩口に食い込む荷物を感じながら線路沿いの薄暗い道をしばらく縫う。
広い湯船に浸かり、バブルジェットを背中で受け止めた。ひとときの恍惚に目を瞑ると、額から水滴が滴り落ちる。
ひと通り躯を濯い清めると、安堵も束の間、隣にあるコインランドリーへ向かった。
紫の煙を燻らしながら丸椅子に腰掛けて静かに待った。何処かで見た光景だな、と郷愁の念にも似た懐かしさを感じたが、傍らにあった大事なものが足りない。
アロマの芳醇な缶コーヒーで喉の渇きは癒えたが、胸に押し込められた何かは行き場なく旋回する。
旋回を終えた洗濯機から乾燥機に移した。ドアの取っ手にバッグを引っ掛け、近所のコンビニへ向かった。
店内を廻りながらセンチメンタルな海を泳いだ。壁時計に視線を向け、進んだ針は誰にも戻せないことに苦笑を浮かべた。
生まれ変わった装いをバッグに詰め直し、再びアスファルトに靴音を響かせた。
天を仰ぐと、生憎の曇天に覆われた水墨画のような空が拡がる。輪郭の曖昧な蒼白い月が薄ぼんやりと滲んでいた。
恍惚の月光シャワーに恋い焦がれ──。
牙の抜け落ちていない銀狼は瞳の奥に揺るぎない獲物を宿す。
狼の背中に翅は生えてないんだ
飛び立ちたくても切り立つ崖に呑まれるだけ
だから、月に向かって咆哮するのさ
そんな声が耳を掠めると、『諦めな。。』と左腕を宥めすかす。
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