[エッセイ/随想]城の鍵と重い首枷
(2007/06/01 22:17:00)


今朝、不動産事務所へ家賃を納めに行った。

今時、銀行振込でないほうが珍しいだろうが、僕にとってはこちらのほうが好都合だ。


事務所へ入ると電話中。
僕はカウンターの椅子に腰掛けて待った。

「おはようございます」

受話器を置いた男性がこちらにやって来た。

「おはようございます。家賃を──」

僕は領収証と茶封筒をカウンターに置いた。
男性は茶封筒から素早く中身を抜き取り、手早く数え始めた。

「確かにお預かりしました」

領収証に今日の日付けが記入され、受領印が押された。それを暫く眺めていた僕は、

「あ。鍵の件なんですが…」

と、切り出した。

「ああ。はい」
「もう2、3日したら届くと思いますので、そしたら…」

何故か口籠ってしまったのだが、男性は口許を僅かに緩ませながら、

「お持ち頂いてていいですよ? ほら。また… ねぇ?」

と、云った。

それを聞いて、鼻の奥がつーんと酸っぱくなった。

失礼します、と不動産事務所を後にした。


世話になっている会社の移転先である池袋のサンシャイン60へ向かった。

バスに揺られながら車窓を流れる景色とクロスフェードするように様々な光景が浮んでは消えていった。

池袋は6年ほど住んでいた場所だ。
行きつけの飲み屋もまだある。


同僚と打ち合わせを兼ねた遅い昼食をAlpaの4階で摂った。何年も行っていなかったイタめし屋だ。

「今度、彼女連れてくればいいじゃん。きっと喜ぶと思うよ」
「ええ。是非是非──」

以前の僕は、ここでは食前に必ずキールを飲んでいた。もうひとつのグラスには──

何が入っていたのか、脳細胞繊維に紛れてしまった。


一通りの業務を済ませ、家路へ向かった。
バス停で煙草を燻らす。

中野駅行きのバスが到着し、乗り込んだ。一番奥の右の席へ。僕は決まってここを選ぶ。空いていないときは空席があっても立っている。

都合良く指定席に腰掛けると、前のふたり掛けの席に女の子が坐った。

ひとりは黒髪のツーサイドアップ。見た目的にも所作的にも大人し目の娘。

ひとりは金髪のシャギーヘア。大き目のサングラス。ゴツ目のピアスが耳から下がっていた。

僕はひと目で、その手の娘たちだ、と直感した。僕から見て右側がタチで左側がネコだろう。

不謹慎ながら何となくニヤけてしまった。車中、ふたりの世界を見るともなしに眺めながら、『仲良しで良いねぃ〜』などと、心の中で呟いた。


哲学堂東の停留所で降りた。
停留所の脇にあるセブンイレブンへ。

一番搾りの350ml缶とセブンスターをひとつ。某かの弁当を提げて城へ向かった。


郵便受けを覗いた。

不要品リサイクルだのへったくれだの。ウザイDMの類いの中に紛れて一通の封書が。

表面には宛先と和服姿で清楚な女性のイラスト。宛先には「ベルバウム城」と。

苦笑を浮かべながら裏面を返すと、愛おしい名前が──。

目を細めながら暫く眺めていた。


城の鍵を開け、コンビニの袋を床に置いた。部屋の明かりを点けると、カッターで封を切った。

封書の中には手紙と小さな袋。袋に鏤められたハートマークが何故か切ない。

袋の中には城の鍵とシェル貝のネックレス。

テーブルの上に並べて暫く眺めていた。


思い出したように2ツ折りの手紙を開いた。冒頭で吹き出す。

『面白い娘だ──』




今、成就感と寂寥感と
何とも云えない感情繊維を織り上げながら
HDDの回転音だけが流れる部屋で

ひとり、静かに──

役立たずな液体を胃の腑に流し込む。

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