君じゃないと駄目だ──これは「強欲」。
あなたと一緒に居たい──これは「妥協」。
「違いが解るかい?」
薄暗い照明がぼんやりと灯るカウンター席で紫煙を燻らしながら男が訊いた。
「ええ。簡単よ」
細いメンソールを咥えた女が億劫そうに応える。
「ほう。是非、講釈願いたいね」
「面倒だわ」
「投げやりだな」
「でなければ、女ひとりで酒場には来ないわ」
「フフ。勇敢な戦士だ」
「飲んでたら弾は当たらないわ」
「当たっても気付かない?」
「そうね。麻痺してるから感じないわ」
「不感症って訳だ」
「確かめもしないでいい加減なこと云わないで」
「俺はいい加減な男さ」
「いい加減かどうかは他人が判断するのよ?」
「フフ。頭のいい女は苦手だ」
「恍けても無駄よ? 馬鹿な女が好きな筈ないわ」
「何故、解る?」
「わたしの直感よ──」
男はゆっくりと煙を喫い込み、それをゆっくりと吐き出した。
「何を飲んでるんだ?」
「あなたと一緒よ」
「俺と? 女子供にゃキツイ度数だ」
「子供は余計だわ」
「そんな細い喉じゃすぐにイカれちまうぜ?」
「いいのよ、そのくらいで。言葉は邪魔だわ」
「そうだな。能書きは邪魔臭い。俺もそう感じることがよくあるよ」
「でしょ? でも割にあなたはお喋りね?」
「緊張してるだけさ」
「あら。そうは見えないわ。店の主より幅利かせてるわ」
「フフ。優しい店主で俺も助かるよ」
「利口なだけよ。あなたを相手にすると後を引く」
「面白い女だな?」
「お笑い芸人でも目指そうかしら」
「色物は崩れた奴にでも任せておけ」
「じゃ、あなたに任そうかしら」
「フフ。いい女だ」
「やっと素直に云えたわね?」
女は男と同じ琥珀色の液体が入ったグラスを傾けた。濡れた唇が艶っぽく光る。
「──君はどっちだ?」
「どっちだ、って?」
「冒頭のフレーズだよ」
「ああ、そのことね。何か引っ掛かるの?」
「引っ掛かりはしない。引っ掛けてるのはこっちだよ」
「フフ。それじゃ余り落とせないでしょ?」
「酔っ払いの弾も当たることはある」
「百戦錬磨の強者が素敵だと思うわ」
そう云って煙を吹き散らした。男がグラスの中の氷を鳴らす。
「──あなたはどっちなの?」
「どっち、とは?」
「自分から応えるのが礼儀だわ」
「不躾者で悪かったな」
「謝り方もなってない」
「自己表現が苦手で損することが多いよ」
「わたし、礼儀知らずの人は嫌いだわ」
「俺もそうだな」
「併せ打ち?」
「や、ご機嫌伺いさ」
女は視線をグラスに落とし、グラスの中の氷を指先で弄んだ。
「──あなたと一緒に居ても構わないわ」
「ほう。新しい応えだな」
「あなたの云う妥協と同じよ?」
「同じものなんて何処にもない」
「それでも構わなくって?」
「一夜限りの妥協さ。強欲の種は自らで蒔く」
「フフ。狡いのね?」
「用意周到と云ってくれよ」
「──で、あなたはどっちなの?」
男は悪戯っぽく笑った。
「終わったら応えるよ──」
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